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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)1133号 判決

原告 森下作太郎

被告 和田源三郎

右訴訟代理人弁護士 小林多計士

主文

被告は原告に対し金二、一三三、五二四円及びこれに対する昭和三六年四月一五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金七〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告は、主文第一、二項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和二〇年九月頃被告に対し別紙目録記載の家屋(以下これを本件家屋という)を賃貸したところ、被告は原告の承諾を得ないで昭和二六年三月頃浦野光治郎に対し本件家屋を転貸したので、原告は昭和二八年九月五日被告に対し書面をもつて右無断転貸を理由に本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は同月六日被告に到達した。よつて、本件家屋の賃貸借契約は同日右意思表示により解除せられたから、被告は直ちに本件家屋より浦野光治郎を退去させ本件家屋を原状に復して原告に返還すべき義務があつたのに拘らず、この義務を履行しなかつたため、原告をして同日より昭和三六年三月三日浦野光治郎家族の退去に至るまで本件家屋の使用収益を不能ならしめ、原告に対し右期間を通じ本件家屋の賃料に相当する損害を与えたのである。しかるところ、浦野光治郎は当時呉服商として本件家屋を店舗の用に供し、その事業用部分の面積は一〇坪以上であつたから、(昭和二五年七月一一日政令第二二五号改正)地代家賃統制令第二三条第二項第三号(昭和二五年七月二五日経済安定本部令第一六号改訂)同令施行規則第一一条第一号により、同統制令は本件家屋の賃料につきその適用を除外される結果、本件家屋の適正なる賃料は、昭和二八年九月七日現在一ヵ月金二〇、三〇〇円、昭和二九年一月一日現在一ヵ月金二二、六〇〇円、昭和三〇年一月一日現在一ヵ月金二三、〇〇〇円、昭和三一年一月一日現在一ヵ月金二三、三〇〇円、昭和三三年一月一日現在一ヵ月金二五、〇〇〇円を相当とする。よつて、原告は、被告の債務不履行により賃料相当の損害金として、被告に対し、本件家屋の賃貸借契約の解除の翌日である昭和二八年九月七日より同年一二月三一日までの三ヵ月二四日間月額金二〇、三〇〇円の割合にて金七七、一二四円、昭和二九年一月一日より同年一二月三一日までの一二ヵ月間月額金二二、六〇〇円の割合にて金二七一、二〇〇円、昭和三〇年一月一日より同年一二月三一日までの一二ヵ月間月額二三、〇〇〇円の割合にて金二七六、〇〇〇円、昭和三一年一月一日より昭和三二年一二月三一日までの二四ヵ月間月額二三、三〇〇円の割合にて金五五九、二〇〇円、昭和三三年一月一日より昭和三六年二月二八日までの三八ヵ月間月額金二五、〇〇〇円の割合にて金九五〇、〇〇〇円、以上合計金二、一三三、五二四円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三六年四月一五日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと述べ、被告の抗弁に対し、原告の浦野光治郎に対する請求は、原告の被告に対する本訴請求が被告の債務不履行をその請求原因にするのと異り、浦野光治郎が原告の所有にかかる本件家屋を不法に占有することを理由として同人に対しその損害の賠償を求めるものであつて、本訴とは当事者及び訴訟物を異にするのである。しかも、浦野光治郎は原告との間の右訴訟の第一審判決を不服として昭和三四年三月頃大阪高等裁判所に控訴の申立をなし、後に浦野光子、浦野庸三、浦野絢子の三名(以下浦野光子外二名という)が浦野光治郎の死亡によりその相続人として右訴訟を承継し、他方、原告は昭和三四年一〇月一九日本件家屋の不法占拠による損害金の額を本訴請求金額のとおり拡張する旨請求拡張の申立をなし、控訴審において審理を継続中、浦野光子外二名は昭和三六年二月一〇日原告に対し和解の申出をなし、結局同年三月三日裁判所外において、原告との間に「浦野光子外二名は原告に対し昭和三六年三月三日限り本件家屋の明渡をなし且つ昭和二八年九月七日より昭和三六年三月三日まで本件家屋の賃料に相当する損害金の支払義務があることを認め、右損害金の額については将来裁判所においてなされる審判の結果に従う」旨の合意をなしたのに拘らず、昭和三六年四月一七日の口頭弁論期日に突如右合意に違背して控訴の取下をなし、右取下により前記第一審判決を確定するに至らしめたのである。したがつて、右第一審判決により確定せられた権利関係は原告と浦野光子外二名との間に成立した前記合意により実体的に変更せられ何ら本訴における原告の主張を失当とする理由とはならない。被告の抗弁事実中以上に牴触する事実を主張する部分はこれを否認する。要するに被告の抗弁はすべて失当であると述べ、立証として≪省略≫

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実は原告が本件家屋の賃料につき地代家賃統制令の適用のないことを前提として右賃料相当の損害金が合計二、一三三、五四二円の金額に及ぶ旨主張する点を除くほかすべてこれを認める。本件家屋の賃料の額はその事業用部分の面積が一〇坪以下であるから地代家賃統制令の定めるところに基いて算出せられる金額に限定さるべきであると述べ、抗弁として、(一)原告は先に当庁昭和三〇年(ワ)第一二四二号家屋明渡請求事件において浦野光治郎を被告として「浦野光治郎は原告に対し本件家屋を明渡し、且つ昭和二八年九月七日より昭和二九年三月末日まで一ヵ月金二、六二三円、同年四月一日より昭和三〇年三月末日まで一ヵ月金二、八三〇円、同年四月一日より右明渡済に至るまで一ヵ月金二、八七八円の各割合による金員を支払え」との判決を求め、その請求の原因として、本件家屋の賃貸借契約の締結よりその解除に至る経過について本訴におけると同一の事実を主張し、浦野光治郎に対し本件家屋の不法占拠による賃料相当の損害金として以上の金員の支払を求める旨陳述し、審理の結果、昭和三四年二月二六日原告勝訴の判決を受け、右判決は昭和三六年四月一七日確定したのである。よつて、原告が被告に対し支払を求めうる損害の額は、浦野光治郎に対する場合と同一の発生原因による損害である以上、右判決により確定せられた損害の額と同一であることを要し、原告の本訴請求中これを超える部分は棄却せらるべきである。(二)原告が浦野光治郎に対する訴訟において主張したところと異る損害の額を本訴において主張することは、右損害が結局同一の原因により発生し且つ右損害を賠償すべき被告及び浦野光治郎の各債務が連帯関係にある以上、禁反言の原則にもとり信義誠実の原則に反するものである。(三)原告は浦野光治郎に対し本件家屋の不法占拠による損害金中同人との訴訟において請求した金額を超える部分を免除したものというべきであつて、右損害の支払をなすべき被告並びに浦野光治郎の各債務が右に述べたとおり連帯関係にある以上、右免除の効力は被告に及ぶ結果、原告は被告に対し前記判決により確定せられた損害の額を請求しうるに止まるものというべきである。よつて、原告の本訴請求中これを超える部分の請求は失当として棄却さるべきである。しかも、(四)浦野光子、浦野庸三、浦野絢子の三名は昭和三五年六月一日浦野光治郎の死亡により共同相続人として同人の原告に対する債務を承継し、昭和三六年三月三日原告に対し前記判決確定後右判決により確定せらるべき賃料相当の損害金を支払う旨約し、同年六月一四日右判決が確定するや、原告に対し右損害金として右判決に定められた合計金二五六、四一三円の金員を現実に提供したところ、原告よりその受領を拒絶せられたので、昭和三七年三月二七日大阪法務局に弁済のため右金二五六、四一三円を供託した。よつて、原告に対し本件家屋の不法占拠による損害の賠償をなすべき浦野光子外二名の債務は右弁済供託により消滅したから、これと連帯関係にある被告の債務もすべて消滅した。したがつて、原告の本訴請求は理由がないと述べ、立証として≪省略≫

理由

原告が昭和二〇年九月頃被告に対し本件家屋を賃貸したところ、被告が原告の承諾を得ないで昭和二六年三月頃浦野光治郎に対し本件家屋を転貸したので、原告は昭和二八年九月五日被告に対し書面をもつて右無断転貸を理由に本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は同月六日被告に到達したこと、しかるに、被告が右賃貸借契約の解除に基く本件家屋の明渡義務を履行しなかつたため、原告をして昭和二八年九月七日より昭和三六年三月三日まで本件家屋の使用収益を不能ならしめ、原告に対し右期間を通じ本件家屋の賃料に相当する損害を与えたことは当事者間に争がない。

そこで、右損害の額を検討するに、以上の事実に証人荒木久一の証言により成立を認めうる甲第二号証、原告主張のごとき写真であることに争のない検甲第一号証を綜合すれば、本件家屋は浦野光治郎が呉服商として前記期間を通じこれを店舗の用に供し、その事業用部分は一〇坪を超える床面積を有したことが認められるので、(昭和二五年七月一一日政令第二二五号改正)地代家賃統制令第二三条第二項第三号(昭和二五年七月二五日経済安定本部令第一六号改正)同令施行規則第一一条により、右統制令は当時本件家屋の賃料につきその適用を排除せらるべきものであつたことが明瞭である。しかるところ、本件家屋を他に賃貸した場合の適正なる賃料は、前顕甲第二号証によれば、昭和二八年九月七日現在一ヵ月金二〇、三〇〇円、昭和二九年一月一日現在一ヵ月金二二、六〇〇円、昭和三〇年一月一日現在一ヵ月金二三、〇〇〇円、昭和三一年一月一日現在一ヵ月金二三、三〇〇円、昭和三三年一月一日現在一ヵ月金二五、〇〇〇円をもつて相当とすることが認められるから、原告が前記期間を通じ被告の債務不履行により蒙つた損害の額は、右に認定した本件家屋の賃料に基いてこれを算定するに、昭和二八年九月七日より同年一二月三一日まで金七七、一四〇円、昭和二九年一月一日より同年一二月三一日まで金二七一、二〇〇円、昭和三〇年一月一日より同年一二月三一日まで金二七六、〇〇〇円、昭和三一年一月一日より昭和三二年一二月三一日まで金五五九、二〇〇円、昭和三三年一月一日より昭和三六年二月二八日まで金九五〇、〇〇〇円、以上合計金二、一三三、五四〇円となることが明らかである。

つぎに、被告の抗弁を順次検討するに、成程、原告が先に浦野光治郎を相手方として当庁に被告主張通りの訴を提起し、同人に対し、本件家屋の不法占拠による賃料相当の損害金として、昭和二八年九月七日より昭和二九年三月末日まで一ヵ月金二、六二三円、同年四月一日より昭和三〇年三月末日まで一ヵ月金二、八三〇円、同年四月一日より本件家屋の明渡に至るまで一ヵ月金二、八七八円の割合による金員の支払を求め、審理の結果、昭和三四年二月二六日原告勝訴の判決を受け、右判決が昭和三六年四月一七日確定したことは、原告の明らかに争わないところであるけれども、被告がその債務不履行により原告に対し与えた損害は、本訴において提出された資料のみに基いてその額が定めらるべきものであつて、必ずしも右判決により確定せられた損害の額と同一であることを要しないから、被告の前記(一)の抗弁は失当である。また、被告の前記(二)及び(三)の抗弁はいずれも被告独自の見解に基く主張であつて到底採用に値しない。そこで、被告の前記(四)の抗弁につき判断するに、成程、浦野光治郎が原告との間の訴訟の第一審判決を不服として昭和三四年三月頃大阪高等裁判所に控訴の申立をなし、後に浦野光子、浦野庸三、浦野絢子の三名が浦野光治郎の死亡によりその共同相続人として右訴訟を承継し、右高等裁判所において審理中、浦野光子外二名が昭和三六年三月三日裁判所外において、原告に対し、本件家屋の不法占有による損害賠償として、昭和二八年九月七日より昭和三六年三月三日まで本件家屋の賃料に相当する金員の支払義務があることを認め、同事件の判決確定後同判決により確定せらるべき賃料相当の損害金を支払う旨約し、昭和三六年四月一七日の口頭弁論期日に控訴の取下をして前記第一審判決を確定するに至らしめ、昭和三七年三月二七日原告に対し右損害金として右判決に定められた合計金二五六、四一三円の金員を現実に提供し、原告よりその受領を拒絶せられるや、同日直ちに大阪法務局に右金二五六、四一三円を弁済のため供託したことは、本件各証拠により容易に認めうるところであるが、成立に争のない甲第一、第三、第四号証、第五号証の三並びに本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告は浦野光治郎の控訴申立後荒木久一をして本件家屋の賃料を鑑定せしめたところ、浦野光治郎が店舗として使用している部分が一二坪三勺の床面積を有し、本件家屋の賃料がこれにつき地代家賃統制令の適用のない結果先に認定したとおりの額に上ることを知るに及び、昭和三四年一〇月一九日の口頭弁論期日に本件家屋の不法占拠による損害金の額を本訴請求金額のとおり拡張する旨請求拡張の申立をしたところ、昭和三六年二月一〇頃より浦野光子外二名において和解の意向を示すに至つたので、結局同年三月三日控訴審において審理を継続中、浦野光子外二名から本件家屋の明渡を受け且つ損害金については当時その額に関し協議が成立しなかつたため後日なさるべき第二審判決の確定するところに従いその支払を受けることとし、浦野光子外二名との間に先に認定した合意をなすに至つたものであることが窺われ、この認定に反する証拠はない。してみれば、浦野光子外二名が原告に対し第一審判決に本件家屋の不法占有による損害金として定められたところに基いてなした前記弁済の提供並びに供託は、第一審判決により確定せられた右損害金の額がその口頭弁論終結後に成立した前記合意により変更せられ、且つその提供並びに供託した金額があらためて(原告の請求拡張の点を加味し)確定せらるべき右合意に基く損害金の額に比し著しく寡額であると推測される以上、到底債務の本旨に従つてなされたものとは認め難いので、結局無効であつて何ら債務消滅の効果を生じない。したがつて、原告に対し債務不履行による損害賠償として本件家屋の賃料に相当する金員の支払をなすべき被告の債務は、浦野光子外二名の原告に対する前記債務といわゆる不真正連帯債務の関係にあると解せられるけれども、浦野光子外二名の債務が消滅しない以上、前記供託にかかる金二五六、四一三円の限度においても到底消滅しないものというべきである。要するに被告の前記(四)の抗弁もまた失当である。

しからば、被告は原告に対し昭和二八年九月七日より昭和三六年三月三日まで本件家屋の賃料に相当する損害金として前に算定した合計金二、一三三、五四〇円及びこれに対する本件訴状送達による請求の日の翌日である昭和三六年四月一五日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。

よつて、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古市清)

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